飯道山と行場巡り
 甲賀の信楽町の北東端にそびえる飯道山にある飯道神社本殿は、国の重要文化財(1925年〈大正14年〉4月24日指定)。入母屋造檜皮葺きで、和銅年間に熊野本宮から分霊したと伝えられる。戦国期には甲賀忍者の修行の場でもあったという。飯道山は全山が花崗岩からなり、西覗き岩・不動押し分け谷・蟻の塔渡し・胎内くぐり・鐘掛岩などの奇岩が各所にあって、1951年に再興された飯道山行者講の修行場となっている。山上には、往時の遺構が、ほかにも残り、飯道寺跡・行者堂・弁天堂・五院跡・木喰上人応其墓などがある。
登山日:2018/03/28

 飯道神社が鎮座する飯道山は、近江の大峰山ともいわれ、修験道の山として知られる。甲賀市信楽町の北東端にそびえる飯道山(664m)山で、古来飯道山での修験道者が現在の忍者のもとになったとも考えられるとのことで、甲賀の社会や文化を象徴するものとして今も息づいており、多くの人々に親しまれ生かされている。
[飯道山]
[野に咲くタンポポ ]
 
 白髪神社から林道を進むと東屋がありその先に2台ほどの駐車スペースがありここから登る。いきなり木階段で九十九折で20mほど登り上がる。 
[いきなり木階段] 

 木階段を上がり左に折れるとすぐに白髪神社の分岐に出会い、そこから九十九折りを上に100mほど登ると石仏のある地蔵宿に着く。さらに登ると古い堀井戸があり井戸の中にはきれいな水が溜まっていました。聖地として栄えた生活感を感じた。

[洗い場 ]
[古井戸]
 この辺りから 坊跡の石垣が山中に累々と残っています。すぐに弁天堂に着く。やがて鳥居をくぐると路上に大きな熊石が残されている。 
[弁天堂] 
 弁天堂を過ぎると鳥居のある参道となり、鳥居をくぐると右に石仏のある鏡の大岩がある。路上には大きな熊石がある。ここからは、設楽の集落を見下ろすことができる。参道を進むと行者堂に着く。
[飯道神社鳥居 ]
[熊石]
 参道を進むと行者堂がある。甲賀の地は、宗教的聖地の一つでもあり、中世修験道の一大霊場としての飯道山では、今も山伏たちが唱える祈りの声が響き渡り、呪文と印を結ぶ山伏の姿が見られるという。行者堂ではもくもくと焚き上げる護摩の煙に、現代に生きるリアルな「忍者」が感じられます。 ここが修験道・忍の道の分岐となる。
[ここから修験道・忍の道] 
 飯道神社本殿は、奈良時代に建てられ、平安期には神仏習台の飯道寺として栄えましたが、兵火のため焼失し、現在の本殿は江戸時代の初期(慶安3年、1650年)に再現されたものです。国の重要文化財として、豪華な桃山様式の建築美を誇り、歴史の重みを感じられます。
 飯道神社本殿は、奈良時代に建てられ、平安期には神仏習台の飯道寺として栄えましたが、兵火のため焼失し、現在の本殿は江戸時代の初期(慶安3年、1650年)に再現されたものです。国の重要文化財として、豪華な桃山様式の建築美を誇り、歴史の重みを感じられます。
 
 修験道の忍の道は、巨岩、奇石が屹立した山伏の行場を巡るルートです。自然を相手に心身練磨をした忍者の姿を追体験できるのが楽しいルートです。危険個所もあるために三点確保の基本を忘れずに。忍の道を進むと天狗の岩の横を通過すると不動の押し分け岩に出る。
[天狗の岩] 
  • 不動の押し分け岩
  • 大岩くぐりは狭いので荷物を置いて挑戦です。
  • 平等岩
  • 吊り板に足を乗せて最初の足場が高いのでちょっと苦労しますがその後は鎖と岩をホールドしながら登りあがることができます。
  • 蟻の塔渡
  • 左側は岸壁で狭い岩の間を通過する。足元は切り立った鋸状の岩があり足場も注意が必要です。
  • 蟻の塔渡
  • 足元は切り立った岩で足の安定を確認しながらの渡です。
  • 胎内くぐり
  • その名の通り岩の中、胎内に入って進みます。中は暗くて、狭くて、迫力満点です。
  • 胎内くぐりの出口
  • 胎内くぐりを抜けて振り返ってみると、なんと巨大な岩の下でビックリです。
  • 鏡かけ岩
  • 胎内くぐりを終えた後、道が分かりにくくなる。フイックスロープが張られてあり岩伝いに進む。スリップには十分注意が必要。
  • 岩上
  • 鏡かけ岩を過ぎて最後に岩上に鎖があり登りあがるとあたりも開けてきて最後の展望岩に向かう。
 展望岩に出ると飯道神社の屋根が望める。本殿を通り「忍の道」合流点から木食上人応其墓に向かう。坊跡の石垣が残されており、歴史の重みを伝えています。
[飯道神社本殿 ]
[木食上人応其墓]
 飯道神社から木食上人応其墓を巡り経て、北東に約700mほど行くと二等三角点の設置された飯道山に着く。三上山や琵琶湖が部分的に望めるが立木で展望はあまりよくない。
[飯道山道標 ]
[飯道山]

■ルートマップ