※この中山道コースは全国的にも貴重な往時のままの土道のコースです。
※この中山道コースは全国的にも貴重な往時のままの土道のコースです。

 

大湫宿

 大湫宿は江戸から47番目の宿として、海抜510mの高地に設けられ、江戸へ90里半、京都へ43里半、東隣りの大井宿へ3里半、西隣の細久手宿へ1里半、美濃16宿の中で最も高く、それだけ急坂がつづいており、旅人も人馬役からも難所とされていました。

 

大湫宿から十三峠

 これよりいわゆる十三峠とやらんを越ゆべき・・・観音菩薩や馬頭観音が宿内の無事と十三峠の安全を見守る。はじめて上る坂を寺坂といい、次を山神坂という

 

童子ガ根

 東からは八丁坂・山神坂、西からは寺坂の急坂をそれぞれ上ってきた人馬・旅人たちは平坦地でありかつ眺望の良いこの童子ガ根で一息入れた。

 

山神之坂

 八丁坂の終点が山神坂で十三峠の一つです。駕篭や馬を止めても一般の通行者の支障にならないように、広くっくられている場所と伝えられている。 

 

しゃれこ坂(八町坂)

 曲りまがりて、登り下り猶三四町も下る坂の名を問えばしやれこ坂という右の方に南無観世音菩薩という石を建つ向うに遠く見ゆる山はかの横長岳(恵那山)なり。道標(道しるべ)を兼ねていた碑。


 

尻冷やしの地蔵尊

 昔の旅人にとって道中の飲みと水は大切でした。山坂の多い十三峠では特に大切であり、ここの清水はと大変貴重とされました。

 

三十三観音

 この観音仏は人馬の道中安全を祈って建てられたものですが、寄選者の中に定飛脚才領中や中馬連中の名もあり、中山道にある石造物の中でも学問上貴重なものの一つとのこと。

 

批杷湯糖(びあいと)坂と曽根松坂

 批杷湯糖坂を下ると「びあいと出茶屋の跡」に出る。200m程下る坂が曽根松坂で、石畳も所々に残っている。曽根松坂を下ると「阿波屋のおつる婆の出茶屋跡」、そして「三十三所観音石窟」である。

 

巡礼水

 旅の巡礼がここで病気になったが、念仏によって水が湧き出して生命が救かったと伝えられています。旅人たちから「十三峠のお助け清水Jとして大切にされてきたものです。

 

権現山一里塚

 江戸へ90里、京都へ44里という道標で樫ノ木坂?里塚とも呼ばれ、石畳とともに中山道当時の姿を偲ばせてくれます。(市県指定史跡)

 

樫ノ木坂石畳

 一里塚を過ぎると樫ノ木坂石畳があります。琵琶峠のような長い石畳ではないが雨が降ると道がぬかるんで歩きにくいため、石畳にしている。美濃の中山道でもこの区間が、当時そのままで自然が多く残っている。

 

苅安神社

 瑞浪市と恵那市市堺には権現山がある。権現山(592m)は山腹を縫うように急な坂道がつづき、以前は周囲に視界をさえぎる木もなく中山道下街道沿いを見わたすことができたそうだ。刈安神社はこの権現山の山頂に鎮座している。
 苅安城跡は権現山の山頂にある。尾張大草城主の西尾文永が築城。関ヶ原の合戦にさいしては、その後裔西尾治郎八が守ったが徳川方に攻められて落城と伝えられている。城の沿革や城主については明確ではないが、中山道と下街道の両方を押さえる極めて重要な位置にある城であった。
苅安城跡概念図

苅安神社入り口

山道は整備されている

石垣の一部が

石階段を登る

苅安神社

烏帽子岩にもたれる神社

石階段を登る

切岸の上が主郭

虎口状遺構かも