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 川原町・歴史ある町家通り
 長良橋から西へ続く「湊町・玉井町・元浜町」の町並みの通称。織田信長の時代から昭和初期まで、長良川の水運を利用した川港として栄え、現在も材木問屋や美濃和紙問屋など当時の面影を残す昔ながらの町家が軒を連ねる。岐阜うちわや鮎菓子など伝統的なみやげ店に加え、ここ数年で登場したモダンな飲食店にも立ち寄りたい。

川原町通
川原町広場から金華山
川原町の町屋

川が荷物の運搬を担っていた江戸時代から昭和初めの時代まで、長良川上流の木材や美濃和紙などを取り扱う問屋だった商家が格子組の建物そのままに残っている。

石垣と黒塀

かって紙問屋だった町屋のその奥に建つ黒塀の蔵が並ぶ。増水時に備えた石垣のある路地は趣のある通り

川湊灯台

鵜飼観光船事務所横に川湊の灯台がある。石積みの高台に立つ灯台は、薄暮にやわらかなガス灯の明かりを燈(とも)す。川面を行き交う鵜飼舟へと、静かにその標を投げかけているかのようです。

歴史ある町家通り
歴史ある町家通り
長良川と金華山
清流長良川
東坂ルートから岐阜城
金華山南壁

 
 
 長良川・心霊スポット
 千鳥橋の南岸は、岩場があり大きな淵になっている。上流からの流れはこの岩場に当り、渦を作り複雑な流れを生み出ている。ここで溺れたら浮かんでこないといわれ、地元の住人は昔からこの淵を「左巻き」と呼んでこの場所で泳ぐことはない。
 
 

長良川・心霊スポット
千鳥橋・川は大きく90°に曲がる
岩場の大きな淵
淵の道
不気味な流れ
遊泳禁止区域

 東海自然歩道の岩田地内の鵜飼屋には、「御廟所」と敬われている「日子坐命墓(ひこいますのみことのはか)がある。明治時代には御墓所と定められ、宮内庁管理地として保護される場所です。日子坐命は、第9代開化天皇の皇子といわれ、勅命により美濃国の治山治水など開発を担当し、この地で亡くなったものといわれています。墓は、清水山の山麓に100メートル以上の参道で、石柵に囲まれた境内の墓は縦2.4メートル、横1.8メートルの巨岩により造られている。

日子坐命墓
玉砂利の参道
森の参道
長い階段の参道
日子坐命墓境内
境内の巨岩墓
清水山西端淵
清水山西端淵